今日の上諏訪地区は秋宮一の担当だけど、人数が多くて曳きに入る所がないくらい。そんなわけで、他の御柱の曳行を見たり、出し物行列の見物に行ったりした。
下社里曳きの見どころの一つが「東山田地区の長持」。
長持とはもともと衣類や寝具の収納する長方形の木箱で、運搬するときに太い棹を通して担ぐもの。昔は嫁入り道具の運搬用にも使われ、祝いの「長持歌」を歌いながら進んだという。そして今は、祭の出し物として地区の若者が足運びや歌を練習して披露するのだ。
ふつうは地区ごと派手な縁起物でめでたく飾ってあるのだが、東山地区の長持ちだけは小ぶりでやや質素な造りに見える。しかし、この古風な長持ちにだけ、諏訪大社から受けた錦の御旗が掲げられ、徳川家康の六男・松平忠輝の書とされる「一之宮御用」の札がつけられている。伝統を守り続けてきた重みがある。
それらの行列を見ながら春宮へ行ったら、ちょうど「二の柱」の建御柱が完成したところだった。
予定時刻をはるかに遅れていたが、たぶんこれも昨日の事故により慎重に進められたせいだろう。
そんなわけで、思いがけず宝投げに間近で参加することができた(多くの見物人はくたびれて移動してしまったらしい)。
私は木っ端とお菓子と「春宮二」と書かれた赤い綱を拾った。妹もいくつかの木っ端やお菓子を拾った。そして怪鳥さんは、なんとお宝が入っていたミニ俵をキャッチした。肩から下げられるように紐が付いていて、まるでバッグのようで帰り道でも目立っていた