友達に手紙を書いたり、お礼の日蝕ビデオをこん包したりしました。今週は『くろすとーく』3月号の配達などで忙しかったから、やっといろいろ片づきました。オリンピックの期間中、通常見るTV番組を録画していたので「見たいビデオ」が山になっています。うむ、部屋がますます事務所化していく。
2月26日(木)
『くろすとーく』3月号の発行日で、いつものように車で配達して回りました。時折雨が降るなか稲城や調布の加盟店へ届けました。ホントにこの辺は府中よりずっと道を知っています。夜ゴーシュの会があり「雪渡り」について勉強しました。これは小学校の教科書にも出てきて印象に残っています。雪の日の兄妹と小狐のファンタジックな話。
2月25日(水)
前から行きたかった新宿末広亭のチケットが当たり、怪鳥さんと出かけました。寄席に行くのは初めてでしたが、思った通りとても面白かったです。一人一人違う出囃子が奏でられると、落語を中心に曲芸や紙切りなどそれぞれの芸が披露され、本当に知的な娯楽でした。特に真打ちの「つば女」さんは大変上手で一人芝居を見るようです。気に入ったのでまた行きたいな!
2月24日(火)
一日中雨が降り続き、本当は外出予定があったのですがやめてしまいました。先日、両親がお雛様を飾りました。桃の花のピンクと菜の花の黄色が春らしくて、雨の音も春の足音のような気分になります。でも実はお雛様の隣に、昨秋 私が富士山で取ったススキが残り、反対側にスノーレッツが並ぶという季節混合状態です。そこがオチャメ。
2月23日(月)
編集会議で久しぶりに調布へ行きました。新卒で働く人が、今からバイトで見習いに来ていてまいす。彼女がたいぶ仕事を覚えてくれるので、私の仕事も徐々に引き継いでいます。こうして、『くろすとーく』の仕事も在宅でできちゃいそうです。新聞の朝刊に閉会式の様子や全体の総論が載ると、夕刊からはすっかり17日前と変わりませんね。
2月22日(日)
第3回「NECムジカノーヴァ音楽祭」の取材に行きました。9歳の女の子から50歳の男性までバラエティーに富んだパフォ-マンスを披露。審査員のサエキけんぞう氏の言葉どおり、退屈しない楽しいコンテストでした。16日間に渡って行われた長野オリンピックの閉会式が行われました。たくさんの感動をありがとう>選手のみなさん
2月21日(土)
私の大好きなフィギュア・エキジビション、楽しかったですね! 競技本番でもダルタニアンをやったキャンデロロ選手(男子シングル銅)は、またまたわかせてくれました。彼はプロに転向するそうですが、あのファンへのサービス心は素敵な魅力になるでしょう。カーリング観戦記がなんとか五輪開催中に(暫定)完成しました。
2月20日(金)
怪鳥さんが病院へ行っている間に、私も病院へ。先日からの足の痛みが消えないので看てもらいました。マッサージなどしてくれて「もうすこし様子を見て、変わらなければ集中的にやりましょう」ということで結局よくわかりません。階段の上り下りや寝起きするとき、筋がはった感じで痛いです。フィギュア女子はやっぱり華がありますね。
2月19日(木)
カーリング観戦記を怪鳥さんと共同で制作中です(まだ未完)。あの日のカーリング試合をいまビデオで見直すと、当時はまだ理解しきれなかった作戦やゲームの流れなどよくわかるようになりました。あぁ、近所にカーリング場があったらやりたいのにな(ナイって)。さて、そろそろ『サリダ』の原稿も仕上げなきゃ締め切りが近い。
2月18日(水)
用事があり郵便局や本屋へ行きました。車で行ったのですが、こういうときって冴えているときと冴えていないときがあります。探している切手や本がある場所を考えて、スムーズに回れる日とロスの多い日があります。今日はちょっとロスが多くて冴えてなかったです。最近、左足つけ根の痛みと両肩のこりも続いているし、体も冴えないのなぁ。
2月17日(火)
ジャンプ団体戦を生中継で見ていました。雪が降ったり風向きが変わったりどんどん変化する状況の中で、1本目の原田選手のジャンプなど本当にハラハラしました。結果を知って報道を見るのと違い、生中継だと自分まで会場にいるような臨場感がありますね。いつも笑っていた原田選手があんなに泣いて、この4年間の辛さが想像されます。
2月16日(月)
昼はオリンピック中継を見て、夜は原稿を書くという日々。怪鳥さんと二人ですっかりオリンピックにハマっています。ちなみに今日行われたスケート1500Mの上原三枝選手は、私の高校の後輩にあたります。外ノ池選手も茅野出身でした。諏訪地方は昔からスキーよりもスケートが盛んで、小学校の授業でよく行かされ、苦手な私は辛かったです。
2月15日(日)
昨日とはうって変わって雪降りです。午前中ジャンプラージヒルで船木選手が金メダル、原田選手が銅メダルをとりました。TVで見ていて、笑顔でいっぱいの船木さんと涙で潤む原田さんにこちらまで感激しました。午後はFASの定例会でした。その途中、スケート1000Mで清水選手が銅メダルをとりびっくりしました。
2月14日(土)
ヴァレンタインデーで怪鳥さんと義父に手作りチョコレートパウンドケーキをあげました。女子スケート500Mでは岡崎選手が銅メダルをとりました。カーリングは男子予選タイブレークがあり、これに勝てば決勝進出という試合でしたがわずかの差で負けてしまいました。今日の敦賀君はベストショットでしたが、相手のアメリカもうわてでした。
2月13日(金)
府中に帰ってきても相変わらずのオリンピック中継三昧。外ではポカポカと暖かく、春の香りがしました。先日までの残雪もすっかり溶けて、暖かな風にほこりが舞って、ちょっと諏訪の春のようです。雪国の春はほこりと共にやってくるのです(笑)。夜はたまっていた原稿を徹夜で仕上げました。
2月12日(木)
両親と義妹夫婦は白馬へ滑降観戦に出かけましたが、あいにくの雨で残念そうでした。私たちは午前の男子予選イギリス戦を見ました。今回は負けてしまいとっても悔しかったです。でも五輪プリクラをしたり、体験コーナーでカーリングを教わったりして楽しかったです。実際に1エンド試合をしてみると、まさに「氷上のチェス」でハマリます。
2月11日(祝)
午前中ジャンプで船木選手の銀メダルを見て、軽井沢へ向かう新幹線あさまの中でモーグルの里谷選手の金メダルのニュースを聞きました! 私たちはカーリングの観戦にきましたが駅周辺はけっこう静かです。夕方の女子予選ノルウェー戦は見事に日本の勝ちでした。ルールは知っていましたが、戦法など間近で見るととても興味深いです。
2月 9日(月)
昨日オリンピック滑降の観戦に出かけた義妹夫婦が帰ってきました。でも、昨日も今日も天候が悪くて中止になってしまい残念そうでした。私たちはTVでスケートの500Mを見ていました。生放送で見ているとスタートの緊張感がこちらにも伝わってきて、ちょっとドキドキします。あさっては私たちもカーリング観戦に行きます!
2月 7日(土)
長野冬季五輪が開幕! 開会式では諏訪地方のお祭りである「御柱祭」(おんばしら)の建御柱(たておんばしら)が行われ、この伝統が世界に知られたかなと思うと無邪気にうれしくなりました。日本の選手団が入場したときに流れていたのは長野県歌「信濃の国」です。最後に第九交響曲を指揮した小澤征爾氏は、松本で毎年開催しているサイトウ・キネン・オーケストラの総監督であり、今大会の各国歌は彼が指揮して録音したものを使います。夕方、星空観測会に行きましたが、曇り空からとうとう雨に変わってしまいました。朝日新聞の人が同好会の取材に来ました。2月24日朝刊の家庭欄に他の天文家の方たちと載るそうです。
2月 6日(金)
長野オリンピックの記念切手を買いました。長野らしい花をモチーフにしたきれいな切手です。いよいよ開会式も明日に迫り、あの数年前の五輪招致運動がちょっと信じられないような気持ちです。毎年飾っている月齢のわかるカレンダーをやっと買いました。1月にタイミングを逃したので、ちょっと遅れてしまいました。ちなみに2月は昴です。
2月 5日(木)
諏訪で撮った御神渡りや聖火リレーのビデオを両親に見せてあげました。松本の酒蔵の様子もビデオを流しながら説明しました。最近はNHKで酒蔵のドラマ「甘辛しゃん」を放映しているので、一般の人も想像がつくみたいですね。先日、寄席のチケットが当選して届きました。寄席って初めてです、楽しみだな。
2月 4日(水)
TAMA市民塾の「街道を行く」の下調べのために人見街道を巡りました。“人見”の地名とも関係ある人見古戦場跡「浅間山」、多くの著名人が眠る「多磨霊園」、「近藤勇の生家・墓」、三鷹の由来である「御狩野の碑」など見て、あらためてこの街道の歴史を知りました。最後は高井戸まで行って終点を確認しました。
2月 3日(火)
『サリダ』の取材で横浜駅前へ行きました。ちょうど怪鳥さんも病院へ行く日だったので一緒に出かけました。取材の方はわりと早く終わり、カメラマンさんや営業さんの女性とお茶しながら広告の苦労話など聞きました。節分で豆まきをしました。玄関のヒイラギは邪気を払うといいます。
2月 1日(日)
昨日に引き続き、朝の仕込みの見学に行きました。蒸し上がったばかりの米をタンクに運んだり、麹(こうじ)を作ったり忙しそうです。また大型酒工場ではぬかで作る糖分や水飴などの添加品も、ここでは丁寧に米から作っていて感心しました。日本酒を飲むときには蔵人の真心も感じながら飲みたいですね。午後は両親とまた御神渡りを見ました。
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