3月31日(日)

 3月のFAS定例会は、同時に総会も開きます。今年度はしし群観測に成功しなぜか新入会員も増えたし(おもてだって募集はしていないのですがFAS府中天文同好会ホームページを見た方が入ってくれました)よかったのではないでしょうか。私は会計部なのでその報告をしましたが、繰越残高が膨大にふくらんでいるので、なんと会費を下げることになりました! だから会員のみんなは会費を納めてね>FASメンバー

 3月30日(土)

 『むぎ星』の編集。このところ雨の日と晴れて暖かい日が交互に来ます。今日はポカポカでした。この1カ月間は星空観測会も彗星観測会も欠席したので、なんだか久しぶりにFASメンバーにあったような気がします。

 3月29日(金)

 諏訪にいて確定申告ができなかったので「なんとか3月中に行こう~」と思い頑張ってまとめました。激しい雨のなか税務署に行き「急用で実家に行っていたので遅れてしまいました」と言いながら提出したら「納税でなければ遅れても大丈夫ですよ~。期間中は混雑してるから今ごろの方がすいてるしね」という軽いお返事(^^; そうなのね。これからは3/14の晩にあせらなくてもいいんだ。 たまっていたメール処理がやっと終了。

 3月28日(木)

 昨日の雨が上がりきれいな青空になったので散ってしまう前に…と、怪鳥さんと桜を見に行きました。やっぱり水色の空にピンクの桜はよく似合います。夕方池谷・チャン彗星をはじめて見ました。諏訪にいるときも怪鳥さんにトライしてもらったけど、そのころは時期が早く山もあって沈んでしまいました。今はもう尾がしっかり見えてなかなか立派な彗星です。ふりむいて東の空を見たら、大きな満月が春らしく黄色く昇ってきました。夜はゴーシュの会に出席。『タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった』は私にはちょっと難しい作品でした。

 3月27日(水)

 やっと体が動くようになって、散らかりっぱなしの部屋をひたすら片づけました。諏訪で使っていたパソコンのデータを移動したり、急ぎじゃない後回しにした未読のメールを処理したり、バタバタしているうちに一日が終わってしまいました。それでもまだ未処理のことが多いんですがネ。 今日はさくらの日

 3月26日(火)

 諏訪での看病疲れなどがたまっていたのか、ひたすら寝てしまいました。まぁ、たまにはいいでしょう…(^^; 夕方から小雨のなか毎年見ている近所の桜まわりをしました。満開をちょっと過ぎたところ、といったかんじです。

 3月25日(月)

 父はお昼まで家にいて、午後から病院へ戻りました。病室に帰ると父はまたオフ状態(受動的な意識)になってしまいました。それでも治療やリハビリを受けて、なんとかまた病院ライフを過ごしてくれそうです。今週と来週の付き添いを二人の姉に任せて、私は久しぶりに府中へ帰ることにしましたました。このところずっと諏訪の景色の中にいたので、ここを離れることが少し寂しくて、父の様態もまだまだ不安だから、諏訪の夕暮れがとても心細かったです。中央道を2時間ほど運転して約1カ月ぶりの府中に到着。なんといっても闇夜に開くピンクの桜にびっくり! わかっていても諏訪とはまったくちがう季節に違和感を覚えます。

 3月24日(日)

 外泊3日目。姉も来たので父の願いを叶えるべく部屋の荷物を片づけました。とにかく大きな荷物がいっぱいで、大掃除さながらの大移動でした。頑張ったせいか父も大満足してくれてよかったよかった。ついでにガラス窓もきれいにしたら外の景色がよく見えるようになりました。わが家は山際の高台にあるので諏訪の盆地が見下ろせて、この景色は私も大好きです。父もやっと外泊を喜んでくれてよかった。 買い物に出かけたら風花が舞ってきました。空気も冷たくて凍えそう~。

 3月23日(土)

 食事と水分はなんとか少しずつ摂っているので体調は良さそうです。でもベッドの位置が気に入らないと何度も怒り、理由を話し次の外泊までに直すことを言っても満足しないようです。病人に言っても仕方ないんだけど、この外泊をするために主治医やケアマネージャーや在宅看護婦に協力いただいて、姉たちが二人がかりで部屋を片づけ、私もたくさんの手続きをして、その間に怪鳥さんに付き添いをしてもらったけど、かんじんの父からは一度も「家に帰ってきてうれしい」という言葉が無く「ベッドの位置が悪くてがっかりした」とばかり言われると張り合いがなくなってしまいます。まぁ、見返りを求めることじゃないんだけど、あえていうなら父の「家に帰れてうれしい」という言葉がすべての見返りであったような気がする。はぁ…、父を満足させてあげられなかったと言うことは、まだまだ私の力不足か…。 夜、一番目の姉とその子ども(姪)が手伝いに来てくれました。

 3月22日(金)

 軽井沢のカーリング大会に参加する怪鳥さんを、朝6時に上諏訪駅まで送りました。慌ただしい週の付き添いをしてくれてありがとう。私はそのまま病院へ行き付き添い。午前中の治療を終えて、昼食を食べてから、午後3時に送迎が来て自宅へ移動。在宅看護婦さんもいっしょに来て、自宅の様子など確認してもらいました。これからどれだけ長くお世話になれるでしょうか。夕飯は比較的よく食べてくれて寝ました。途中でベッドがまだ暖まってなくて寒いと訴えたことや、ベッドを取り替えに来たためまた動かなくちゃいけなくなたことなどに文句を言いつつも、とりあえず念願の外泊1日目でした。

 3月21日(祝)

 8時の朝食に間に合うように怪鳥さんと二人で付き添いへ。できるだけ食事のリハビリはして、少しでも口から栄養をとってほしいからね。私はいったん自宅に戻り、ベッドの搬入手続きを母と行う。搬入されたのが頼んでおいたのと違うヴァージョンのベッドだったの、明日ケアマネージャーと再確認しなくていけません。午後になって雨が降り出しましたが、今日しか時間がないのでお墓参りに行きました。今度は母を病室へ残し怪鳥さんと二人で花や線香や供物を買ってお墓へ。デジカメで写真を撮り、病室へ戻ってからTV画面に映して父に見せてあげました。ついでに府中の桜も。夕飯後に珍しく少し発熱。水枕で様子を見ておやすみなさい。

 3月20日(水)

 食事のリハビリがだいぶ出来るようになりました。といっても、充分な量は食べられないので相変わらず点滴は必要なんですがね。昼から怪鳥や母に付き添いを任せて、私は50時間ぶりに自宅へ戻ってひとやすみ。といっても、介護送迎車の手配や犬の散歩、洗濯、仕事の確認などしていたらあっという間に時間が経ちました。その間にも病院では「明日の休みになる前に」といって、主治医とケアマネージャーと在宅看護婦の三者を直接交えて母と怪鳥さんが面談。金曜日の外泊移動に向けて最終確認です。 夜7時から病院の駐車場で土星食を観測。ドーナツ型の環・本体がじわじわと月に隠れていって、またぼわ~と現れてくる様子はおもしろかった! 夜は初めての付き添いなし。

 3月19日(火)

 付き添いを怪鳥さんに任せて、私は母と介護用品の下見。さらに午後はケアマネージャーさんと面談。介護用ベッドやポータブルトイレの手配、家までの送迎車の手配、在宅医療を受ける手続きなど。そんな打ち合わせを終えたところへ、大部屋が空いたので移れるという話。20日間ほど慣れ親しんだ個室ともお別れして、バタバタとお引っ越し。今度の大部屋は個性的な人が多く異常に(^^;にぎやか…というかうるさいです。荷物整理をしているうちに夕飯となり、その直後に主治医から病状の説明など。父も交えて「だいぶ良くなったので外泊できます」という正式な許可をもらいました。大部屋の夜は基本的に付き添いしないのですが、一晩目は心細いだろうということで私がそのまま付き添い。

 3月18日(月)

 市役所の福祉課の方が病室へ介護保険認定の調査にきました。正式な結果は1カ月後に出るのですがたぶん認定されるということで、ぶじ介護保険が使えそうです。介護用ベッドの手配などはケアマネージャーにやってもらわなくちゃいけないので、明日面談をする予約を取りました。早ければ今週末には介護用品を用意して外泊ができるかな。 夜、怪鳥さんが電車で諏訪に来ました。姉と入れ替わっての付き添いです。最近の父は落ち着いている時間が長くなったので、夜の付き添いもだいぶ楽になりました。

 3月17日(日)

 姉、母と姪が交代で付き添いをしたので、久しぶりに終日家。おかげで仕事もかなりはかどりました。明日で姉と姪が帰るので、来週はまた忙しくなりそうです。父の外泊のための諸手続もしなくちゃいけないし。

 3月16日(土)

 いままで着けていた排尿用のチューブをとりはずし、自力でトイレに行ってよくなった。…のに、今度はすっかり寝たきりになってしまいまったく動きません。当初は「心臓に負担がかかるから動いちゃダメ」というのに、「寝たままじゃトイレなんかできない!」と言って強引に起きたのに、いまじゃ「寝たままじゃないと疲れて動けない~」というありさま。このままじゃもっと動けなくなっちゃうんだけど…困ったものです。

 3月15日(金)

 久しぶりの雨。昼は原稿を書いて、夜は姪と父の付き添い。食事やトイレなど、日常生活のことからリハビリを始めました。父は機嫌のいいときはがんばって動きますが、疲れたり機嫌がよくないときは、ちょっと甘えモード。コミックの『おたんこナース』に出てくる患者のようです。何日も病院にいると、たまに漫画のシーンを思い出すようなことがあります(笑)。

 3月14日(木)

 主治医からこの1週間の診療結果と今後の見通しが報告されました。治療の効果はかなりあがってきていて、さしせまった状況からは脱したようです。今後、父の希望である在宅医療に切り替えるために軽いリハビリを始めましょう、と言ってくれました。少し心の重荷がへりましたが、病名の告知問題についてあらためて考えを巡らせました。

 3月13日(水)

 あたたかな日が続いています。犬のロッキーをつれて散歩に行っても陽ざしが気持ちいい。いつも近所の母校(高校)の周辺を歩くんだけど、山ぎわに建っているため見晴らしがよくて、諏訪湖やその先の北アルプスが眺められます。 父の付き添いは夜から明日の朝まで。ロッキーの散歩の様子を話すと父はとてもうれしそうです。

 3月12日(火)

 姉たちと妹が交代で付き添っているので、終日マイペースで仕事ができました。父は車椅子で治療に移動したようだけど、ちょっとおつかれだったみたい。まぁ、徐々に体が動かせるようになるといいね。この調子なら週末に「外泊」という形で父の希望を叶えてあげられるかな。

 3月11日(月)

 老人医療や在宅の場合の医療について、ケースワーカーさんから話を聞きました。いろいろ参考になり、家族で今後のことなど考える手がかりになりました。今日は中学2年生の姪と二人で夜の付き添い担当。父は昼間からアクティブでまったく寝ないまま深夜12時。先日の“眠り爺”と反対です。

 3月10日(日)

 2番目の姉も子ども(姪)といっしょに来ました。どんどん人が来てにぎやかで父も顔色がよく、しきりに「早く退院したい」と言います。諏訪は2日前からずっといい天気であたたかく、富士山も北アルプスもきれいです。日赤病院は諏訪湖畔に建っているので、見晴らしがとてもよく気分転換になります。

 3月 9日(土)

 一番目の姉が子ども(姪)といっしょに来てくれました。父は孫が来たことにとても喜んでいました。週末は技師が休みなので治療もなしで、父はひまそうです。暇なくらい様態が安定していることはうれしいかぎりです。おかげで私も原稿書きが進みました。夜はテレビでFC東京観戦。2連勝で暫定1位はうれしいんだけど、応援している三浦文丈選手のけがが心配…。

 3月 8日(金)

 怪鳥さんが帰ったのでさらに人手が減り、妹と私と母の3人での付き添いです。といっても母は自分の持病もあるからあまり無理はできず、実質妹と二人になりました。昨晩ついていた妹によると好きな刺身を食べたり果物を食べたり、急に食欲が出たらしくびっくり。夜も昏々とよく寝て深夜2時からの付き添いも楽でした。昼になっても睡眠は続き、治療のために移動をしても、治療中も眠り姫(爺)のように寝たままでした。というわけで、ベッドのかたわらでパソコンを打つ時間もできて久しぶりに日記の更新です。

 3月 7日(木)

 昨晩の雨がやんだと思ったら、晴れた空に風花が舞ってきました。やがてしっかりとした雪になり、昼間はあられがふっていました。ほんとに三寒四温です。午前中に主治医から病気の詳細と今後の見通しなどについて説明がありました。先日までは「目の前」のことで精一杯でまったく「次の手」など考えられない状態でしたが、今は少し落ち着いて病気の詳細もわかり、次の手とその次の手を考えるくらいの見通しがつきました。この3週間ではじめて心が落ち着きました。…といっても予断を許さない状況は変わらないんですがね。久しぶりに食欲も出てご飯をちゃんと食べる気になりました。 先日壊れた車のウインドウを修理。見積もりより安くすみ早く仕上がり助かった。 午後3時に怪鳥さんは仕事の打ち合わせや自分の通院のために府中へ戻りました。いままでいっしょに看病してくれてありがとう。

 3月 6日(水)

 昼間は睡眠~。でも夕方には起きてしまって犬の散歩に出かけました。ちょっと時間の余裕があったので、久しぶりにちゃんとしたご飯を作って食べました(今までは病室でお弁当)。夜から二人で付き添い。寝ながらたびたび動きますが(寝返り?)昨晩のような痰はなく父もよく寝ました。そんなわけで私たちも寝られます(^^; 深夜にナースステーションで主治医のドクターを発見。夜勤でしょうか、熱心な先生です。

 3月 5日(火)

 父の誕生日です。なんとか75歳を迎えてくれました。一番上の姉が帰ったので今日からさらにハードになり、さっそく怪鳥さんと二人で朝8時から翌朝6時までの約24時間の付き添い。午前中にきた看護婦さんが深夜に再び来て、彼女も忙しい勤務のようです。 今日の検査ではっきりとした病名がわかりました(いままではたぶんコレって感じ)。今後のことなどいろいろ考えてしまいます…。検査の刺激のせいか、一晩中痰が出て父も私たちも大変でした。帰るときには私たちもクタクタでした~。朝日がまぶしいゼイ!

 3月 4日(月)

 深夜に交代して怪鳥さんと二人で付き添い。今日から治療が始まりました。少しでも効いてくれるとうれしいのですが…。主治医は若いドクターで個性的な風貌をしていますが、とても熱心に看てくれるので心強いです。従兄弟(父の甥)がお見舞いに来ました。午後には母の姉妹まで見舞いにきたので本人は少し疲れたようです。病気のお見舞いもむずかしいものだなぁ~と実感。入院を知って行かないのは義理を欠くようだけど、どんどん来られるもの患者や家族にとっては気をつかったり疲れたりします。

 3月 3日(日)

 孫たちがお見舞いに来て父もうれしそうです。姪の中で一番のチビが保育園で作ったひな人形の色紙を「おじいちゃんにあげる」と言ってわたすと喜びました。でも彼女たちが帰ってしまうと急に寂しくなったようでとても残念そうでした。2番目の姉は新居の契約や子供の高校入学手続きなどがあり今週は忙しいため横浜へ帰り、1番上の姉は看病のため残りました。

 3月 2日(土)

 父の妹が松本から、弟が東京から駆けつけました。父は父親をはやくに亡くしていて、3人しかいない兄弟なのでみな心配のようです。 様態は一時期より少し安定したので、私と怪鳥はいったん家に行って少し休憩。Jリーグの開幕戦FC東京vsアントラーズをラジオで聴きました。本当はスタジアムに見に行く予定でしたが、今回は遠くからの応援。それでも昨年度の王者から4点も取り、久しぶりに気の晴れる時間でした。 夜は姉たちと交代して、怪鳥さんと夜の看病。

 3月 1日(金)

 たまっていた仕事でもやるか…と思っていたところへ妹から「父の様態が悪い」との電話。しばらく様子を見てもらっていたがやはり良くないということで、姉たちにも連絡して急いでかけつけました。病室の父は思っていたより安定していましたが、先生の診断によると予断を許さないとのこと。今後のことなど家族で話し合いつつ、とりあえず今夜は姪たち子供をつれて姉夫婦は家に行き、母と妹と私と怪鳥さんの4人でそのまま付き添いました。

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